「自分でやったほうが早い」をやめられなかった新任マネージャーの話

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「自分でやったほうが早い」をやめられなかった新任マネージャーの話

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私は前職で、日本、フィリピン、タイ、中国と、東南アジアを中心に各地を転々としながら働いてきた。なかでも一番過酷だったのが、バンコク駐在時代だと思う。たくさん失敗し、何度も追い詰められたが、そのぶん仕事の内容は濃く、学んだことも多かった。今の私があるのは、あの時期の苦労があったからだとよく思う。

当時の私は、フィリピンの現地採用から日本採用へ切り替わって初めての海外駐在だった。それまで本格的なマネジメント経験もなかったのに、いきなりマネージャーを任され、4人のタイ人部下を持つことになった。

どうすればいいのか、正直まったく分からなかった。

「自分でやったほうが早い」

部下に仕事を頼んでも、自分が思い描いていたアウトプットが出てこない。上司からは厳しく進捗を問われ、その一方で、客先との納期は待ってくれない。頼み方を変えたり、途中で確認したりしても、最後に出てきたものを見ると、また直すところが見つかる。そして結局、いつも同じ考えに戻っていた。

——自分でやったほうが早い。

部下が作ったものを引き取り、夜中の2時まで一人で修正することも珍しくなかった。徹夜で作業したことも、一度や二度ではない。目の前の仕事を期限に間に合わせるには、自分で手を動かして力ずくで終わらせるしかないと思っていた。

そんな私に、上司は言った。

「自分で何でもかんでもやろうとするな。部下をうまく使え。マネージャーなんだから、マネジメントをしてくれ」

自分でやれば、「マネジメントをしろ」と言われる。部下に任せれば、思ったものが出てこない。では、いったいどうすればいいのか。
——いや、そう言っている本人だって、毎晩夜遅くまで残業しているでしょうに。

当時の私は、もう分からなくなっていた。

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同じゴールを目指していたはずだった

それでも、仕事は終わらせなければならない。チーム全員でタスクに取りかかり、最後は私が夜な夜な修正して、どうにか期限へ間に合わせる。その繰り返しだった。

4人の部下たちの仕事が悪かったと言いたいわけではない。彼らも夜遅くまで残り、何とか目標を達成しようとしてくれた。ただ、今振り返ると、同じゴールを目指しながら、少しずつ違う方向を向いていたのかもしれない。

国が違うからなのか。仕事に対する考え方が違ったのか。

海外で働いていると、「国が違えば考え方も違う」とよく言われる。もちろん文化や習慣の違いはあるが、私はあんまり関係ないかなと思っている。チームが向くべき方向を、マネージャーである私がうまく伝えられていなかった。ただ、それだけだった。

結論を急ぐ私と、議論を大切にする人たち

日系企業に勤めていると、長い会議や長々とした話を嫌い、「まず結論。何が言いたいんだ?」という場面をよく見かける。少なくとも、私はそっち側だ。なかなか結論にたどり着かないとイライラするし、要点だけを短く伝え、早く結論を出したい。以前、インド人の同僚たちと仕事をしたとき、その違いを強く感じた。

彼らはとにかく議論が好きで、結論が出なくても「今日はいい議論ができた」と満足して会議を終えることがほとんどだった。当時の私には理解できなかったが、彼らにとっては、互いの考えを時間をかけて共有すること自体に意味があったのだと思う。

とはいえ、インド式のディスカッションは今でも苦手なのだが……。

自分の中ではゴールが見えているから、細かく説明しなくても相手は同じ方向へ進めると思ってしまう。違うものが出てくると、「任せられない」「自分でやったほうが早い」と感じる。けれど本当は、任せる前の対話が足りていなかったのかもしれない。

分かっていても、考える余裕がなかった

当時の私も、自分の伝え方に原因があることには、どこかで気づいていた。それでも、部下と時間をかけて話し合い、仕事の進め方を見直す余裕はなかった。常に納期に追われていたからだ。今日の仕事を間に合わせても、すぐに次の仕事がやってくる。

「自分でやったほうが早い」は、考えることを放棄した言葉だったのかもしれない。しかし同時に、目の前の納期を守るためには、本当にそのほうが早い場面もあった。だから、自分で引き取って終わらせる。ただ、そのやり方を続けるかぎり、私はいつまでも自分でやるしかなかった。

バンコクを離れてからは、少しずつ伝え方を考えてマネジメントするようになったと思う。自分が成長したからなのか、それ以降の任務がバンコクほど厳しくなく、考える余裕ができただけなのかは分からない。おそらく、どちらもあったのだと思う。

AIは、言葉だけでなく仕事も返してくれる

AIを使い始めてから、このことを以前より強く思うようになった。思いつきを投げると、すぐに言葉が返ってくる。それを見て「違う」「本当に言いたいのはこっちだ」と伝え直すうちに、自分でも曖昧だった考えが形になっていく。

しかも、AIが返すのは言葉だけではない。「こういうものを作りたい」と伝えれば、案を出し、コードを書き、資料をまとめるところまで進めてくれる。出てきた成果物を見て違いを伝えれば、修正も任せられる。

上海のテニスサークルで使う管理アプリも、最初にあったのは、出欠確認、対戦表、戦績管理を一つにつなぎたいという大まかな構想だけだった。AIが出した案を見て、違いを伝え、コードにしてもらい、動かしてまた直す。その往復を重ねるうちに、作りたかったものが実際に使える形になっていった。

以前の私なら、思ったものが出てこなければ途中で仕事を引き取っていた。しかしAIには、違いを伝えながら、そのまま作業を続けてもらえる。「自分でやったほうが早い」と引き取らなくても、任せたまま完成へ近づけられるようになった。

私でも任せられる部下

格好をつけずに言えば、私は人間の部下をうまくマネジメントできなかった。その点、AIは扱いやすい。考えが曖昧なら一緒に言葉にし、違うものが出てきたら何度でもやり直し、実際の作業まで進めてくれる。

もちろん、人間の部下には同じ接し方はできない。相手にも考えや感情、得意不得意があり、仕事の目的に納得できなければ同じ方向を向いてはくれない。私のマネジメント能力が上がったのではなく、私でも任せられる、極めて優秀で扱いやすい部下が現れただけなのかもしれない。

あれから十年以上たって、私はようやく自分ですべてをやらずに済むようになった。人への任せ方を身につけたからではない。何度でも私の言葉を受け止め、手を動かしてくれるAIが現れたからだ。

では、これから人間は何をするのか

AIがそこまでやってくれるなら、人間の仕事は何になるのだろう。何を目指すかを決め、出てきたものを判断し、その結果に責任を持つ。もちろん、それらは人間に残る。

ただ、AIに作業を任せられるほど、人間には、人間を相手にする仕事が残る。相手の話を聞き、自分の考えを伝え、違う考えを持つ人と同じ方向を向ける場所を探す。AIなら数秒で済むやり取りに、何日もかかることもある。

面倒だし、「自分でやったほうが早い」と思うこともある。けれど、人間のマネジメントは、相手を思ったとおりに動かすことではなかった。誰とどこへ向かうのかを決め、その方向を共有することだったのだと思う。

私が苦手だったのは、人と向き合うことではない。自分の考えをチームへ伝え、それぞれに意思を持つ部下たちと方向をそろえることだった。

AIがどれだけ仕事をしてくれても、この難しさまで消えるわけではない。人間のマネージャーに残るのは、思いどおりにコントロールすることではなく、違う考えを持つ人たちと同じ方向を向く仕事なのだと思う。

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